東京高等裁判所 昭和45年(ネ)1682号 判決 1971年4月30日
控訴人 花野運送株式会社
右代表者代表取締役 花野吉治
右訴訟代理人弁護士 伊藤増一
原秀男
今村実
山本政利
被控訴人 倉橋ろく
<ほか三名>
右被控訴人等訴訟代理人弁護士 大蔵敏彦
渡辺正臣
主文
原判決中控訴人敗訴部分を取消す。
被控訴人らの請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。
事実
控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人ら代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述及び証拠の関係は、控訴人において、当審における証人山下保平の証言及び控訴人代表者の尋問の結果を援用したほかは、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。(ただし原判決二枚目裏一一行目に「清水市街地」とあるのを「清水市市街地」と訂正する。)
理由
被控訴人ら主張の請求原因二記載の事実は当事者間に争いがない。
右争いのない事実に、≪証拠省略≫を総合すると、次のとおり認められる。
(1) 本件事故現場付近は、国道一号線が静岡市方面から清水市市街地に向ってほぼ東西に直線で通じているところであって、巾員約二三・六メートル(道路の両端にある〇・九メートルずつの側溝を含む。)のアスファルト舗装のされた平坦な道路である。右道路はセンターラインの表示によって上り線(東行線)と下り線(西行線)にわけられ、更にそれぞれが外側から中央に向って順次第一ないし第三の通行帯に区分されている。右現場付近における本件事故当時の交通量は一分間に合計約五〇台であった。
(2) 本件事故現場は、右上り線の第三通行帯上にあるが、右現場から上り線を約一〇〇メートル、下り線を約二四・四メートルそれぞれ西に行った部分の路上に、いずれも停止線の表示があり、その間に本件交差点がある。
本件交差点には、国道一号線に対し青、黄、赤と順次点灯する信号機が二機、これを直角に横断する横断歩道に対し押ボタン式で青、赤と点灯する歩行者用の信号機が設置されている(右交差点に信号機が設置されていることは当事者間に争いがない。)。そうして、この両者は、歩行者が歩行者用信号機のボタンを押すと、暫くして国道の信号機が黄色になり、同時にベルが鳴り始め赤色になるまで継続する国道の信号機が赤色になると歩行者用信号機は赤色から青色に変わるが、一定時間をすぎると、再びベルが鳴って歩行者に警告を与えたうえ赤色に変わりその後国道の信号機が青色に変わるという関係にあり、ベルが鳴るのは約一〇秒間位である。
(3) 訴外酒本国雄は、本件大型貨物自動車(大一き一八六六、以下単に本件自動車という。)を運転して右上り線を東に向って進行していたが、本件交差点付近に差掛った頃本来の通行帯である第二通行帯から乗用車の通行帯と指定された第三通行帯に入り、右国道の信号が赤のため右停止線に停止した先行の日通のトラック(長さ約一二メートル)につづいて、その後尾から約一五メートルの間隔をおいて停止した。
(4) 右日通のトラックは国道の信号がまだ赤色であるうちに発進したが、酒本は右信号が青色になったのを確認して本件自動車を発進させ、右トラックにつづいて本件交差点を渡り、第二通行帯に移る機を窺いつつなお第三通行帯を進行し、次第に速度を上げて時速約三〇キロメートルで本件事故現場に差掛った。
その際、右下り線の第三通行帯を西に進行している対向車の間から、訴外亡倉橋盛男が運転し、訴外設楽春己が同乗する本件第二種原動機付自転車(以下単に本件原付車という。)が、突然センターラインを越えて本件自動車と右日通のトラックの間に飛出して来た。
そこで、酒本は突嗟にハンドルを左に切り急制動をかけたが及ばず、本件事故地点において、本件原付車は本件自動車の前バンパー右端から右フェンダー付近にかけて衝突し、ために右原付車は下り線の第三区分帯に前部を北に向けて右側に倒れ、また亡盛男はそのそばに頭を南に向けて、亡設楽は右原付車の西寄りの第二通行帯上に頭を南に向けてそれぞれ転倒した。
(5) 右衝突により、本件原付車は、前照灯が破損してぶら下がり、前輪泥除け右側に凹痕を生じたほか、その右側全体に押しつぶされた感がある程度に強く圧迫された形跡を残し、一方本件自動車は、前バンパー右端、右側フェンダー、右前照灯、バックミラーステー等がそれぞれ曲がった。
かように認められる。ところで前示証人桑原は、本件事故が発生した当時、まだ前記交差点の歩行者に警告するためのベルが鳴っていた旨証言している。しかし、右に認定したとおり右交差点のベルは二つの機会に鳴るのであるから、たまたま本件事故当時これが鳴っていたとしても、それが右証言の如きものであるとたやすく断定することはできない。しかも、右認定の事実によると、本件自動車の前端から本件事故現場までは約一二〇ないし一三〇メートルあったことが明らかであるが、これを右認定の本件自動車の本件事故当時の時速三〇キロメートルで進行しても一四・四秒ないし一五・六秒を要することは計数上明らかであり、しかも本件自動車は停止した状態から発進したのであるから、右以上に時間を要したことは明白であるから、かりに本件自動車が信号がまだ赤色である間にしかも、歩行者に対する警告のベルが鳴り出したと同時に発車したとしても、前認定の右ベルが鳴っている約一〇秒の間には、右自動車は右事故現場に到着し得ないものである。さらに、右認定のとおり本件自動車は本件事故に至るまでの間、右下り線を西に進行する車とすれちがっているのであるから、もし本件自動車が右のように信号を無視して発進していたとすれば、下り線の車もまたそうでなければならない筋合であるところ、そのようなことは通常考えられないし、また本件においてもこれを肯認するに足る証拠はない。
してみれば、本件衝突当時ベルが鳴っていたとしても、それは車道の信号機が青から黄色に変ったときのベルと考えるほかはなく右証言は信用できず他に右認定を左右するに足る証拠はない。
ところで前記認定の事実によれば、亡盛男は本件原付車を運転して本件事故現場付近において前車を追い越そうとして対向車線に入って西進しようとしたかもしくは前記国道を横断しようとしていたものと推認されるがその際かなりの速度であったこと(この点は特に前記(5)認定の両車の被害程度から推してそうである。)が窺われる。元来前記国道の場合対向車線に入って追い越すことは許されないし又道路を横断しようとするものは、予めその中央付近に寄り、かつ徐行すべきものであるうえに、右認定のとおり当時右現場付近を東又は西に直進する車がかなり多かったのであるから、亡盛男が右の如くして対向車線に入って追い越そうとしたことまたは右国道を横断しようとしたことには過失があったものというべきである。
一方、右認定の如き状況の下においては、本件自動車を運転していた酒本としては、亡盛男が右の如く突然対向車線に入って進行すること、もしくは横断のため自車の前方に飛出して来ることはたやすく予見し得なかったものというべく、しかも、本件事故現場付近の道路を直進する運転者に対し、右の亡盛男のとった如き行動にもなお対処し得るよう配慮のうえ進行することを求めることは相当ではないから、本件衝突は酒本にとっては避けることができなかったものというべきである。
従って、本件事故は専ら亡盛男の前記過失に基因するものであり、右につき本件自動車の運転者である酒本には責めらるべき点はないものと認められる。尤も、前記認定の事実によれば酒本は本件事故当時通行してはならない第三通行帯を進行していたことが明らかであるが、元来車両通行帯を設ける趣旨は、当該道路の左側部分(本件についていえば上り線)における車両の交通の円滑を図るためであるから、酒本の右法規違反の行為は、本件の衝突とは何らかかわりのないところというべきであって、右事実は右認定を左右するに足るものではない。
そうして、≪証拠省略≫によると、本件事故当時本件自動車には構造上の欠陥ないし機能の障害はなかったものと認められ、これに反する証拠はない。
叙上認定説示のとおりであるから、控訴人主張の免責の抗弁は理由があり、被控訴人らの本訴請求は既にこの点において失当であって全部排斥を免れない。
従ってこれと趣旨を異にする原判決は不当であるから、原判決中控訴人敗訴部分はこれを取消し、被控訴人らの請求を棄却すべく、なお訴訟費用の負担につき民訴法九六条、九三条、八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡松行男 裁判官 田中良二 川上泉)